三種の愛国心

国の古を慕い、その歴史の光栄を楽しみ、もしくは国家の屈辱を悲しむのみならず、よく自国の罪過を感覚し、その逃避せる責任を記憶し、その蹂躙せし人道を反省するは、愛国心の至れるもににあらずや。 (中略) わが国のいわゆる愛国心なるもの、 (中略) 滔々たる天下歴史に心酔するものにあらざれば、悲歌慷慨外に対して意地を張らんとするに過ぎざるなり。自ら国家の良心をもって任じ、国民の罪に泣くものはほとんどまれなり。甚だしきはこの種類の愛国心を抱くものを非難するに国賊の名をもってす。良心を痴鈍ならしむるの愛国心は亡国の心なり。これがために国を誤りしもの、古今その例少なからず。
(植村正久「三種の愛国心」『福音新報』明治29年6月26日号、「植村正久著作集1」所載による)