真珠湾攻撃

日本の指導者たちはハワイ真珠湾攻撃の一時間前にアメリカに交渉打ち切り通告を手渡すことにした。実際にはワシントン駐在日本大使館での都合で、野村大使がハル長官に渡したのは真珠湾攻撃の一時間後であったが、たとえ攻撃の一時間前に日本の通告が間に合ったとしても、所詮アメリカが防衛できない時間での通告であり、奇襲だまし討ちには違いなかった。まぁ・・戦いに定石なしといいますからね。奇襲の戦果を最大限に上げるためには戦争の常道行為であると思います。しかし、指導者の日米短期決戦の幻想でしかなかった。
「日本の陸海軍は事前の通告を望まなかった。これは日本の歴史の汚点だ」という。開戦当時の在米日本大使館の参事官だった証言がある。
参考まで日本の暗号はすべてアメリカに解読されていたことは覚えてい下さいね。
どうしてですか。アメリカの資料が公開されています。もちろん、奇襲起動部隊の数と位置はアメリカに把握されていました。
ルーズベルト大統領、ハル長官、ノックス海軍長官、スチムソン陸軍長官らの会議で論議されたのは、アメリカがさしたる損害を受けない範囲で日本に第一撃を仕掛けさせる作戦であった。
また、ハルノートの原案は16年5月に財務長官ヘンリー・モーゲンソーのところで、それを書いたのはハリー・デクスター・ホワイトなる人物で、後に、共産主義擁護者であったと告訴されていた。そのモーゲンソーはユダヤ人で、ルーズベルトに対日戦に圧力をかけていた。ルーズベルトは中国を犠牲にして日米が妥協するのではないかと、リャーチルやスターリンもやきもちしていたとも考えられる。
太平洋戦争の本質は一概には答えられないということです。
つまり、ハルノートの時点で日本との戦争を始めていたということです。
また、アジア・アフリカ諸国を植民地として領有し続けようとする「持てる国」英仏蘭米の先進国資本主義諸国に対して、後発の日独伊の中進資本主義諸国は「待たざる国」としてそれらの植民地奪取ももくろんだものでもあった。