2009-09-03 1864年にロシアは慶興にあらわれて通商を要求したが李朝政府は一且これを拒絶した。しかし1866年正月に同国の軍艦は再び元山にきて、通商と朝鮮内地移住権を強要しますらしめた。李朝政府はこの夢求の回答にたいして為すべきを知らなかった。李朝政府がこのような難関に遭遇していたのを機会に、活動を開始したのは天主教徒たちであった。数次の大弾圧にあったが、当時の天主教徒の南鏡三らは天主教布教の自由を保障することを条件として、天主教国フランスの援助をえて、ロシアの強要を避けることを大院君に建議します。大院君ははじめには 大院君