尾崎行雄

私の六十年以上の経験によれば、日本人の頭では政党はできないと考えている。徒党はできるだろうが、政党はできぬ。 日本では団体を作れば、すぐ徒党となる。 今の日本の教育では、政党など作れるはずがない。言葉の正しくない、また意味のわからぬことを教えている今の教育、しかも斬り取り強盗を教えられ、徒党を組む風俗習慣がずっと長く続いて、人間がこれに支配されている頭であるから、西洋語の政党などという言葉は、ほんとに分るはずがないのである。
 支那には魚、龍門に登れば、化して龍となるという伝説があるが、立憲国の議院は、実に政界の登竜門である。前日までは尋常一様の農、商人、または青書生にすぎなかったものでも、ひとたび選ばれて議院に入れば、たちまち化して政治家となる。今日のわが国では代議士といえば、多少軽侮の意味を含めて迎えられるが、英国では代議士の声価は非常に貴く、わずかに M.P.の記号があればいずれに行くとしても尊重せられぬことはない。されば各種の方面における成功者最終の希望は、代議士となるにあって実業家でも著作家でも、美術家でも、技師でも、学者でも、功成り名遂げたあげくの果ては、代議士に選出されて国政に参与せんと欲するに至る。   犬養 毅 と 尾崎行雄
 したがって各方面における第一流の人物はことごとく下院に集まる。だから英国の下院は実に「世界最高等のクラブ」といわれるほどあって、その高尚にして知識・品格に富むこと他に比類をみない。これらの人々がおのおの制覇を立て、政党に属して、その出所進退は一に国家本位に主義・政策・信念に基いて行われるのだから、まったく一国「善良の府」といっても過言ではなかろう。わが衆議院のごときに至っては、今なおその粗野陋劣にして、無智・無識・無品格なこと実に慚愧に耐えぬしだいである。
  わが国の現状…では幾度總選挙をやってもよい結果は望まれないし正しい議会政治の実現は何時のことか分らない。今のような選挙では何のために投票するのかさえ分っていないようだ。
 現に選挙にあたっては何時でも金をたくさん使うものが当選する。自分の利益よりも国家国民の利益を重しとする人はいつでも貧乏だから金は使えない。時にあるいは人が同情し寄付してくれても馬鹿げた程度を越した金などは使わない。
 この分り易いことすら理解できず、金をたくさん使用し、買収するものに投票する。選挙で金をたくさん使うものが当選すれば、多くは悪いことをしてその金を取り戻すから、自分で自分を「どうかひどい目に合わせてくれ」とお願いするようなものだ。
上記は「卒翁夜話」から 日本に政党はない 尾崎行雄からですが、六十年以上の経験からの話です。