華人労務者就労事情調査報告

1945年8月15日の日本の無条件降伏以降、10月15日には、中国人強制連行と虐殺に関連して、鹿島組花岡出張所の河野ら7人が米軍に逮捕され、46年5月3日には極東国際軍事裁判が開始されました。この花岡事件は48年3月1日に、戦犯法廷で絞首刑3人を含む有罪判決が出されています。また福岡強制連行訴訟で判決文下記のようにいうております。

「被告国は、……原告らを強制連行し、強制労働させたものであって、原告らの連行、管理及び取締り等において、深くかかわっていたものであるが、これは、権力をもって特定人に対して、一方的に公法上の勤務義務を命じる行政処分と解される国民徴用令による強制連行と、運用の実態において同様に解されるべきものであるから、原告らに対する本件強制連行及び強制労働は、被告国の権力作用によるものというべきである」

そもそも敗戦の翌日から、日本政府各官庁、各企業は関係書類の焼却と証拠隠滅をはかってきたが、外務省は、連合国の一員である中国側からの「中国側俘虜及び抑留者等の状況調査」要求や、GHQ 対策のために資料を整理しておく必要があった。また、日本政府は、敗戦直後、外務省管理局の最大の業務の一つとして、在外邦人の引き揚げと、それとセットになっていた中国人朝鮮人の本国送還を課題としており、その場合少なくとも中国側に名簿を明らかにするが必要があったので、下記のような資料を日本政府が作りました。


史料

http://homepage.mac.com/ikenagaoffice/7-1gokuhibunsho.htm

「『華人労務者就労事情調査報告書』(外務省報告書)について」という昭和35年3月17日付で外務省中国課が出した文書です。欄外に「極秘」の押印があるその文書には次の記載がある。

「該調査報告書作成後、間もなく、これが戦犯関係資料として使われる恐れがあり、官民双方の関係者に波及することも考えられたので、当時外務省に残っていた分は、1部を除き焼却した」「これが一度米軍人によって、極東裁判の資料として持ち出されたが、その後G・H・Qから外務省に返還された。」「今後、本件調査報告書が問題になったときは、次のように答弁することとしたい。外務省としては、戦後問題の資料を作成したことは事実であるが、その直後、これが戦犯問題に利用される恐れが生じ、本件関係の人々、例えば華人労務者を就労させた事業場関係者等に迷惑がかかることを避けるため、本件資料をすべて焼却した。従って、現在外務省には1部も残っておらず、部外に流出した趣の調査報告書については、これが外務省において作成したものか否か確認し得ない実情にある。」


外務省の報告書作成に関する経緯に関わる資料(「華人労務者送還関係文書綴」「華人労務者送還着信電信綴」によれば、その意図は、「近く来朝を予想せらるる中国側調査団への説明に備える」ため、また「不日連合軍側の取り調べも予想せられ居る」ので、その対策として「実状を精密に調査し」「更に広範詳細なる資料を準備」するのだ、とされている。

史料

華人労務者就労事情調査報告(要旨) 外務省管理局 昭和21年3月1日
 
1 移入事情

  戦争の進展に伴う労務需給の逼迫に対処し、政府は昭和17年11月27日の閣議決定をもって華人労務者を移入するの方針を決定せり。然れども、これが成否は影響するところ大なるべきに鑑みさし当たり試験的に一千名程度を移入しその成績により漸次本格的実施に移すこととせるが、右試験移入の結果は概ね良好なる成績を収めたるをもって、昭和19年2月28日の次官会議決定をもって先の閣議決定に基きこれが実施の細目を定め、昭和19年度国民動員計画において三万名を計上、いよいよ本格的移入を促進せしむることとなれり。

  右方針に従い移入せられたる華人労働者は、昭和18年4月より同年11月までの間に移入せられたるいわゆる試験移入、8集団1411名及び翌昭和19年3月より昭和20年5月にいたる間移入せられたる、いわゆる本格移入161集団37,524名総計169集団38,935名に上れり。

 これを供出せられたる地域別に見れば、華北圧倒的に多数を占め35,778名に達し、華中82,137名、満州(関東州)81,020名なり、更にこれを供出機関別に見れば、華北労工協会扱いのもの大多数を占め34,717名に上り、これらの供出方法は特別供出・自由募集・訓練生供出及び行政供出の4方法なるところ、華北労工協会扱いのものは、その約三分の一にあたる10,667名は訓練生供出にして大部分は元浮慮・帰順兵・土匪・囚人を訓練したる者、他の約三分の二すなわち24,050名は行政供出に係るものにして、華北政務委員会の行政命令に基く割当てに応じ都市郷村より半強制的に供出せしめたるもの、これら華北労工協会扱いのものなかんずく行政供出にかかるものは年齢・健康・能力等いずれの点よりするも素質特に悪く死亡率もまた高し、これによりこれを観る供出方法と素質とはきわめて密接なる関係あるを看取し得べく、右素質不良は供出前における取扱いの欠陥とあいまって本邦就労時における高死亡率及び作業率並に作業能率低調の最大素因を為せるものと認めらる。

  尚移入時航海日数相当要したるもの多く、その間の取扱い等に不適当なるものあり相当多数の死亡者を出せることも看過し得ざるところなり。

2 配置事情

  かくして移入を見たる華人労務者は、閣議決定の方針に従い国民動員計画産業中鉱業・荷役業及び国防土木建築業等に就労せしめたるが、その雇用主数35社配置事業場数135事業場に上れり、右の内鉱山業及び土木建築業は最も多く前者は15社47事業場、移入数16,368名、後者は15社63事業場、移入数15,253名。

3 就労事情

  これら事業場における華人労務者の配置期間は平均13.3ヶ月、最長28.4ヶ月、最短1.3ヶ月にして港湾荷役及び土建業にありては事業場を移動せるもの多きも鉱山等にありては殆ど移動をなさず送還にいたる迄同一事業場に定着就労せるもの大部分なり。

  しこうしてこれら華人労務者の実労可能日数は終戦後の稼動停止、移入時の休養、中途移動等の関係より平均9ヶ月更に実労日数は平均7ヶ月と推算せられ、実労人員は受入人員の7割5分程度と推定せらる。すなわちこれを作業率に付き見れば、稼動人員より見たる作業率は、75.1%、また稼働日数より見たる作業率は78.0%、両者の総合作業率は59.7%と言う低率を示しおり、これを作業能率の点より日鮮人と比較するに日鮮人に比し高能率をあげたりと報告せる事業場なきにあらずども、報告せられたるところを平均するに作業能率平均は対日本人63.3%の低率を示しおれり。その原因は熟練者経験者少なきに止まらず素質不良ないし健康不良のもの相当数を占むるが為すと見られおり。尚勤怠についてはむしろ勤勉実直なりと報告されおれり。

4 処遇事情

  気候風土その他生活環境の変化は移入当時相当衰弱せる華人労務者の健康に相当の影響を与えたるものと認められ、また戦時下食糧その他の諸物資の不足等の与えたる影響も看過し難く、その他異民族労務者取扱いに対する不慣れ等の事情もあり、たまたま末端における指導の行過ぎ、虐待、不正取扱等の事実も絶無とは称し得ざる状態にして、処遇上遺憾なしと言うを得ざる。

  指導取締の面においては、前述の方針にのっとり寛厳よろしきを得るよ う取り計らいたるが思想容疑事件及び逃亡事故続発の趨勢に鑑み、その取締指導は強化せられその取扱いぶりに対する華人労務者の反感は相当強きものありこれは終戦後における紛争の一因をもなしおれるものと認めらる。

  食糧に関しては、支給標準量30瓲の維持は相当困難ありしものの如く、実際は重筋労務者に対する支給量2,500カロリー程度よりはるかに少なく2,500カロリーを超ゆることなかりしものと推定せられ、空腹に耐えかねての逃亡と認めらるる事件も相当あり。食用油、獣肉の支給は華人の通常食よりみれば充分には行き渡らざりしものの如し、その他冬季におけるビタミン類の欠乏もあり、また食糧の質において不良なるものもありしが如くこれらは疾病死亡の原因ともなりおれるものと認めらる。

衣料の支給も充分とはいい得ざるも布団の準備、地下足袋の配給等が時間的に遅れたるためと思料せらるる疾病、凍傷の例若干あり。

  宿舎は華人労務者のため特設せられたるもの最も多く135事業場中67を占め改造、転用等をなせるものあり。居室は一人あたり0.63坪平均にして畳敷のもの45%、アンペラ敷のもの27%、その他ござ敷、板敷のものもあり。逃亡防止の見地より通風採光の点面白からざるもの多く、一般に設備充分とはいえざる。

  受入までに準備整わずこれがため疾病死亡を誘発せりと認めらるるもの若干あり。

  医療衛生に関しては、死亡数に対し受診数きわめて少なき事業場ありこれらは医療に対する事業場側の措置に疑問ありと認めらる。

5 死亡事情

  華人労務者が移入時現地諸港より乗船して以来、各事業場において就労し送還時本邦諸港より乗船するまでの間生じたる死亡者総数は、6,830名にして移入総数38,935名に対し実に17.5%という高死亡率を示しおれり。これを場所別にみれば、移入途次の死亡812名、事業場内死亡5,999名、集団送還後死亡19名なり。またこれを事業場別にみれば総死亡率30%以上を示すものは52.0%を最高とし14事業場に及び、さらにこれを移入集団別にみれば30%以上を示すもの65.0%を筆頭とし18集団に達す。

  死亡の原因は、疾病死大部分にして総死亡数6,830名中6,434名、即ち総死亡数に対し94.2%を占め、傷害死は322名にして4.7%に過ぎず。その他41名の自殺者及び33名の他殺者あり。右の内、疾病死中船中死亡にて病名不詳のもの583名を除けば一般疾病による死亡最も多く3,889名を数え、伝染病ないし伝染性疾患による死亡は1,962名なり。これを病種別にみるに、一般疾病にありてはほとんど呼吸器病及び消化器病にして前者は1,271名、後者は1,180名、呼吸器病は肺炎圧倒的に多数を占め976名に上り、気管支炎187名にしてこれに次ぎ、また消化器病は胃炎及び腸炎大部分をしめ954名を数う、又伝染病ないし伝染性疾患にありては、大腸カタール最も多く662名をしめ、肺結核の360名これに次ぎ、赤痢、敗血症、肺浸潤、肋膜炎等これに次ぎ多し。次に傷害死322名に付きこれをみるに公傷死267名、私傷死55名なり。公傷死者の殆ど全部は炭鉱及び発電所建設作業に従事せるものにして、原因は落盤落石、側壁崩壊によるもの最も多く71名を占め、車両によるもの30名にしてこれに次ぎ、ガス爆発は第3位にして20名なり。又私傷死55名中過半の35名は戦災死にして渡船転覆事故によるもの10名なり。尚他殺の33名は殆ど全部が華労同士の殺伐行為に基くものなり。以上死因考察によれば死亡率高きはもっぱら疾病死に基くものなること明らかにしてその因て来るところを明確にするの要あり。

  これがため、先ず供出機関別に死亡率を検するに、日華労務協会扱いのもの最も高く24.4%、華北労工協会扱いのもの18.3%にしてこれに次ぎ高く、国民政府機関・華北運輸及び福昌華工扱いのものはそれぞれ5.7%・4.7%及び1.3%にしてきわめて低し。かくの如く供出機関により死亡率著しく異にすることは原因供出側ないし供出時にあることを裏書するものと認めらるるところ、移入華人労務者の大部分を占むる華北労工協会扱いのものにつき、更に供出方法別及び供出時期別に死亡率を考案するに、行政供出にかかるものは死亡率高く平均20.2%なるに対し、訓練生供出のものは死亡率これより低く平均14.2%なること、又昭和19年10月までの供出分は月平均死亡率1%に充たざるに同年11月以降供出の分は殆ど例外なく月平均死亡率2%を超ゆること、又移入華人労務者の年齢構成より見るに死亡率高き供出機関、供出方法及び供出時期のものは何れも40代以上のもの多きこと等供出と死亡率とが相関関係あることを立証するものなり。尚更にこれを死亡の時期及び場所の分布状況に付き検するに労務者の素質ないし供出時までの現地における取扱等の影響を受くること大なりと認めらるる期間すなわち移入途次及び事業場到着後3ヶ月以内死亡とその後の死亡とを比較するに、華北労工協会扱いのものは移入途次及び事業場到着後3ヶ月以内の死亡きわめて高く、その後の死亡率低きを示しおれり。この点具体的に検覈するも虚弱者、疾患を有する者、栄養不良ないし衰弱者等多数ありて供出方法及び乗船前の取扱に適切成らざるものありと推定せらるるもの多数を占むる実情にありしがごとく要之死亡原因の大半は既に供出時に存したりと断定するも大過なく殊に華北労工協会扱いの分は正にこれに該当するものと断し得べし。

 華北労工協会扱いの分といえども死亡責任全部を現地側に負わしむるを得ず。即ち現地側の原因によるとみなし得ざる事業場到着後3ヶ月経過後に至って死亡率高まれるもあるは、これ責任受入側にありと一応断じ得るをもってなり。しからば受入側の責任とはいかなる点にありや。これを事業場到着3ヶ月以降の死亡率特に高き事業場の例に付き検するに、一概に断ずるを得ざるも食糧の質及び量に起因すると認めらるるもの、宿舎被服布団等の点に疑問ありと認めらるるもの、医療衛生の施設及び診療に問題ありと認めらるるもの等に大別するを得べく、右は死因統計、疾病統計、その他死亡疾病に関係あると認めらるる事項の調査により一応判断せらるるところなり。尚右の外、船中死亡のみ多き場合存するが、かの種のものは概ね航海日数、積込食糧の質及び量、その他船中における取扱に問題ありとして大過なきがごとし。

  次に不具廃疾につき見るに、総数467名にして特異の現象として失明が圧倒的に多く217名46.4%を占め、視力障害これに次ぎ79名16.9%視力に関するもの合計296名63.3%の多数を占め、肢指欠損又はその機能障害は合計162名32.6%なり。しこうしてこれが程度はまったく労働能力を失いたるもの153名32.7%にして、過激なる労働に堪えざるものは9名1.7%、労働に支障ある程度のもの大部分にして305名65.6%なり。原因は公傷によるもの186名40%にして第1位、私傷によるもの133名28.4%、疾病によるもの147名31.6%なり。これら不具廃疾者を比較的多数出せるは8事業場にして殆ど何れも視力関係のもののみにして原因は精査を要するも、大体移入時トラホームその他の眼疾を患いおれるもの多数を占めおれるところ、治療も意の如くならず、これに加え食糧事情殊にビタミンD1欠乏は遂に失明に至らしめたるものと判断せらる。

7 送還事情

  移入華人労務者にして契約期間満了せるもの及び疾病その他の事由により就労に適せざるものは戦時中といえども送還することとせるが船舶関係等の事情もあり事実終戦前送還せるものは1,180名に過ぎず大部分たる30,737名は終戦後の送還に属す。