近衛公の自殺

近衛公の自殺が伝えられた翌日の朝日新聞の社説には次のような一節があります。
「降伏終戦以来、戦争中上層部指導の地位にありしもの、一人の進んで男らしく責任を背負って立つものがいない。隣邦清朝の倒れるや一人の義士なしと嘆じられたが、降伏日本の状態は、これに勝るとも劣らないものがある。徳川滅ぶ際も、まだ責任を解する人物があった。独り至尊をして社稷を憂えしむるもの、これを今次敗戦の日本にみるのである」

要人たちの無責任さを述べているのもですが、わが国の戦争を誘導し指導した人々の間に、祖国を戦争に或は敗北にみちびいたことについて、また、同胞をこの惨状に陥れたことについて、これを同胞の前に詫びるというような気配はほとんど見受けられなかった。

それよりも我慢ならんことは、指導者が自分らの失策、誤算の結果を国民に負わせんとする。不都合、これより大なるはない。彼らはいずれにも恥があるなら全責任を負うべきだった。