当艦義、海路研究として朝鮮西海岸廻航中、本月20日同国京畿道サリー河砲台より暴発し、夫より戦争に及びし始末、別紙之通に御座候。則日誌、サリー河図面、及永宗城図面等相添、此段不取敢致御届候也。 明治八年九月廿九日 雲揚艦長 海軍少佐 井上良馨 九…
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